PAS情報⇒改めPA=片親疎外情報

アメリカでは,子どもと一方の親との面会を拒否する親には認知行動療法が試行されるという情報があります。背後に境界例が潜んでいることが,一般的に認知されていると考えていいでしょう。(境界例=引き離し親ということではありません)

*追加情報* PASの提唱者であるリチャード・ガードナー博士によれば,PASを行う親を調査した結果,そのほとんどに境界例よりむしろパラノイアの症例が観察されたとのことです。パラノイアについてはこちらから→ ウィキペディア
ヤフー百科事典

近年、PASを単に両親間の紛争だけに原因を還元し「子が親を拒絶する現象」という有りもしない学説をでっちあげたり、診断学上のシンドロームの概念には該当しないという批判があることを拡大解釈して、片親引き離し症候群などは存在しないなどという見解を振り回す輩がいますので、正確な情報を掲示します。まず、PAS=Parental Alienation Syndrome(片親引き離し症候群)の概念に付き、父母間の紛争に巻き込まれた子に見られる行動上の特徴として、単に「子が親を拒絶する現象」と呼ばれることが一般的であるという見解についてですが、これは学説でも何でもなく、単なる独善的な論理へのすり替えですから完全に論外です。次にPASが診断学上の症候群の概念には該当しないという見解ですが、この点は確かにリチャード・A・ガードナー(Gardner、1992)とケリー&ジョンストン(Kelly&Johnston、2001)の間で激しい論争があります。しかしケリー&ジョンストンとて監護親による悪意のプログラミングを完全に否定したわけではなく、「疎外された子供」の定義から評価することを提唱し、子どもが他方の親との接触に抵抗を示すケースの全てを、悪意のプログラミングによる片親引き離し症候群と考えるのは単純であると批判し、診断学上のシンドローム(症候群)に該当しないと批判したのです。児童虐待やDVでも初期には”Battered Child Syndrome”あるいは“battered women's Syndrome”という呼び方がされていましたが、やはりシンドロームではないということで今では使われていません。しかし誰も児童虐待やDVを否定しているわけではありません。これについて2008年にアメリカ医学会はPASという診断名はDSM−IV診断基準(精神病の鑑別基準)としては採用しないと発言しています。結論としてはsyndromeという部分ではKelly&Johnstonたちの主張が認められたが、親が不当に疎外されている(PA)、子どもが片親から不当に疎外されている(AC)現象については肯定され、その一因として片親による悪意のコーチングやプログラミングも否定されていないということです。以上詳しくは「離婚で壊れる子どもたち」棚瀬一代著 光文社新書 をご参照ください。尚、当会では今後PASと言う用語を改め、PA=片親疎外と表記します。
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父親への監護者指定審判
宿泊面会、別居親が学校行事に参加する権利を認め、特段の事情なく面会交流は阻害されるべきでないとした裁判例

2010年04月19日

第2回講演会DV防止法と共同親権のレポート

少し遅くなりましたが、3月27日に開催した第二回講演会DV防止法と共同親権の要旨をご報告します。
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講師の味沢所長のお話は、要約するとおよそ以下のようなものでした。

1 DV=ドメスティックバイオレンスは個人の暴力性に由来するものではなく、社会病理を背景とした家族病理であり、被害者と同時に加害者への支援が行われないと解決に至れない。

2 DVを行ってしまう方は、社会的に適応し、他者との人間関係には問題がないケースがほとんどであること。

3 DVと評価すべきケースは、配偶者間に圧倒的パワーバランスの格差が存在するケースに限られ、DVはそのパワーの格差に由来し、性別の違いに由来するものではないこと。

4 身体的暴力においては体力的な差異から、女性が被害者となるケースが多いが、精神的DVを含めると男性が被害者になるケースもあるということ。

5 現在の公的機関や行政はDVを理解しておらず、いたずらに関係の切断に走るのみで、根本的解決に至れるケースはほとんどない。統計上DVは年々増加傾向にあり、これらの機関やDV防止法が全く防止としては機能していない。

6 DVは男性特有のものとされ、DV男は治らないなどという言説がまことしやかに流布されているが、全くそのようなことはなく、適切な支援をしていけば、解決が可能であること。

7 DVの評価に一律の基準は適用するべきでなく、その家族の個別の事情を背景として評価しなければならないこと。

8 米国では社会学的視点から、家族病理であるという概念自体は浸透しており、家族再統合の理念から加害者への支援プログラムも採用されているが、まだプログラム自体の実効性が低く、完全な効果は上げていないこと。

等の点が指摘されました。

これに対し当会からはさらに児童虐待、子どもの家庭内暴力との関係性を指摘したいと思います。

社会学的にみてDVが家族病理の表面化の
一形態であるということは首肯できる点です。その現れ方が男性においては配偶者に対する暴力と言う形で現れた時DVと言うものになり、女性において現れた時児童虐待という形で現れ、子どもにおいて現れた時、親への家庭内暴力という発現をするのではないかと考えられます。

これはパワーバランスということを考えた時、非常に整合性があるように思います。つまりより弱い立場へと向かいやすいということです。

日本では児童虐待、家庭内暴力については、ある程度加害者更生の必要性が認められ、家族再統合の概念も導入されていますが、ことDVとなると男性は全て暴力の化身だとか、DV男は絶対治らないだとかいう攻撃的で非常識な論理が平然と謳われています。常識のある方は噴きだすと思いますが・・・

DVが個人の暴力性に由来するものではないということも考えてみれば当たり前で、人間関係全般において暴力性を発揮する者を、敢えてDVという枠組みで評価することは筋違いです。

共同親権の反対理由にDVを持ち出すのも筋違いで、配偶者間の関係を親子関係にすり替えるものに他なりません。

このことは米国で最も進んだ共同親権制度であるカリフォルニア州が、同時に最も厳しいDV法の運用をしている事実を考えれば明らかです。

続きはこちらから
以下、重複する部分もありますが、記事のコメントに対して書いたものを当会の見解として引用します。

1 まず、外国に実態についてですが、米国加州での事実として、同州は全米で最も進んだ共同親権制度を採用していますが、同時に最も厳しいDV法の運用が為されています。
http://www.sf.us.emb-japan.go.jp/archives/PR/2008/pr_08_0123.htm
以上からまず両制度は事実として並立しているということが一点です。

2 外国でのDV法運用において、DV=親子間の接触制限という認識は全くありません。あくまで配偶者間の問題という認識が確立しています。これはドメスティックバイオレンス=配偶者間暴力という名が示す通り、考えてみれば当たり前のことです。子どもとの接触が制限されるのは児童虐待です。DVではありません。
実務運用としてですが、実は監護の争いがあるとき、児童虐待やDVを理由に加えてくるのは外国でも同じで、PKO精神に基づく現状凍結のため一時的な保護がされることはあります。しかしその後の対応が全く日本とは違い、実際に虐待やDVがあったのかどうかは厳密に調べられます。次にそのような事実があった場合は、DVに関して言えば必ずしも子どもに影響を与えるわけではないという視点から、子どもに対してどのような影響を与えるかが評価されたうえ、できるだけ親子関係が継続できる方向性での対応がされます。−「子どもの福祉と共同親権」107P〜110P 日弁連 日本加除出版−又、調べが終わるまでのあいだの親子関係は、余程の危険性が認められない限り切断される
ことはなく、ビジテーションセンターを利用しての相当なる面会時間が認められます。勿論調べた結果虐待やDVの事実がなかった場合は、共同親権・共同養育(監護)・日本よりはるかに多い親子の時間のいずれかが事情に応じて認められることになります。
 ご指摘の見解は母子を一体のものと考える、そもそもが単独親権を出発点とした固定観念に由来するものと考えます。DVを親子関係の直接的な制限理由にするのは我が国独特であり、完全な筋違いです。

3 DV及び児童虐待にについて、外国ではこれを関係を切断するだけで問題が解決するとは考えていません。強硬な手段は却って怨恨を残すばかりか、家族再統合の理念に適いません。そのため被害者の保護だけでなく加害者の支援が行われることになります。ただ、米国では支援プログラムのレベルがまだ未熟な点もあり、実効性の方は今一つのようです。

4 翻って我が国の状況を鑑みれば、DV防止法は被害者の緊急避難の趣旨にしか依拠しておらず、家族再統合、加害者支援どころか事実の精査すら担保されていません。そのため冤罪が多発しDV防止ではなく、親子の引き離し法として利用されている事実があります。

5 我が国において、虐待事案についてはある程度加害者更生、家族再統合ということが言われていますが、DVに関しては全くそれがありません。
なぜ、そうなるのかと言えば、DVを理解していない”識者”の失当見解や男女平等の皮を被った女権主義者たちのプロパガンダに利用され、男は暴力の化身、DV男は治らないという考えが世に流布されているからです。

6 DVというものを評価する視点について、欠かすことができないのは両者のパワーバランスと関係性の中で評価するという視点です。対等な関係の中で行われた暴力的行為は、DVではなく喧嘩です。一方的な迫害であればDVです。精神的DVについては加害者に男女の差異があるとは言えません。従って男性特有のものということはできません。

7 社会学的観点からみた場合、DVは個人の病理ではなく、社会的状況を背景にした、家族の病理と捉えられます。すなわちその家族全体への支援がされない限り問題はなんら解決しないということです。
 こうした病理の発現はより弱い立場の者へと向かいやすいので、男性に現れた場合妻へのDVという形であらわれ、女性に発現した場合児童虐待へと向かうものと思われます。

以上に鑑みればDVと共同親権は対立するものではなく、DVは共同親権=相当なる家族関係という包括的体系の中に包含される、一部対立的要素を含む補完的関係にあると理解できるかと思います。
posted by 親子ガード at 04:09| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | NEWS&TOPICS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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